1996アラスカ物語   

西前史郎と星野道夫との出会いそして永遠の別れ

西前史郎:高校英語教師・マッキンレー冬期初登頂のメンバー 著書に「冬のデナリ」福音館書店など
        1996年10月 「冬のデナリ」出版1ヶ月前に自宅で心筋梗塞が原因で死亡。 
星野道夫:アラスカを舞台にした、世界的ネイチャーホトグラファー  
        1996年8月 動物奇想天外の取材中カムチャッカ半島で熊に襲われ死亡。


「俺の代わりに、アラスカに行ってくれないか。」
1996年3月、取引先の社長からの1本の電話が、この物語の始まりとなった。

「 実は、西前という山岳会の先輩からの話で、アラスカに12万坪の土地が売り出されたそうだ。」
西前さんとその社長は、同じ山岳会で、若き時代、夏ではあるが、マッキンレーを初ルートで登頂している。

「開発会社に買われる前に、冬のマッキンレー初登頂したメンバーが中心となり、買い取ることで、開発を阻止したい。ささやかだが、そこに60坪程度のログハウスを建て、アラスカの自然を楽しめるようにしたい。 そこの土地の下見とログハウスの建てる場所を決めたいそうだ。それと、今、今年の秋出版予定の冬のマッキンレー登頂の本を執筆中で、昔のメンバーを尋ね最終確認したいそうだ。」

 西前さんは、大学時代、山に夢中となり、人より2年余分かかって卒業。そして、高校の英語の先生となった。当然、登山部の指導にもあたった。その新任時代の教え子2名も今回の旅行に参加した。

「 自分は忙しく参加できないので、代わりに見にいってもらいたい。妻は、行かせるから面倒をみてくれ。もちろん、ログハウスが出来たら、君が使ってもよい。」
「はい、行かせて頂きます。」色々な面でお世話になっている社長なので、嫌とは言えなかった。
 
 数日後、西前さんから、スケジュールの案内が送られてきた。
5月8日出発.....

それから、しばらくして、
「もし、もし、西前です。」スケジュール・当日の待ち合わせの場所・自分の特徴と向こうでお会いする人の 説明があり、最期に
「悪いけど、国際免許を取っておいてくれ。移動はレンタカーになるので。」と、付け加えるように言った。

 5月8日。 関西国際空港の待ち合わせの場所で、初めて西前さんとご対面だ。....